王道ロマンスの様式美を踏襲したお姫様物語はテンポ感あって意外と心地よい。橋本環奈は絵に描いたような奥手な少女を絶妙なさじ加減で好演。
“恋愛スタンダードナンバー”な趣
突如として舞い降りてきた“王子様”に翻弄されつつも刺激的で幸せな時間を過ごす。夢見る少女が夢を見られるハーレム。
王道、スタンダード、古典。「ベタ」とか「ありきたり」と言うなかれ。
原典を紹介するまでもなく何度となくあちこちで描かれてきた様式美。わかりきっているからこそ楽しめるものもあるのだ。その王道ぶりは『1ページの恋』を遥かに上回るくらい徹底している。
憧れの人との出会い、隠れて楽しむつかの間の格差恋愛、立ちはだかる障壁。風変わりなのかなと思えば実はとっても純情だった王子様。
わかりきった展開なのになぜか気になってしまう2人の行く末。「そんな器の大きい人いねえよ」ってくらい協力的過ぎる仲間たち。
こう書くとけなしているようだけど、テンポ感とまとまりは良い。突然降って湧いたような幸運な出来事の起こり方や流れも自然で奇をてらった感じがなく、心地よい。
映像とキャラ設定にも統一感があって調和しているからその世界に没入できる。(筆者は「かぐや様トラウマ」を引きずりすぎかもしれないが。)
ただ、大まかな流れがわかっているだけに大きなひねりなく終盤へ行くのは観ていて少々心配ではあった。王道だけにキャラと細部設定でどう味付けするのかが鍵になるわけで、終盤では18歳未満との交際に厳しい目が向けられがちな昨今の風潮をうまく利用した展開になっている。
表向き恋愛方面はさっぱりだけど実は密かに「王子様みたいな人と恋をしてみたい」と思っている絵に描いたような奥手で夢見がちな少女・花澤日奈々を環奈が絶妙なさじ加減で演じていて好感持てる。
一方、お腹ボヨンのピークで撮られた記念すべき作品でもある。
ミスキャストじゃない! 環奈が一般人役で起用された理由
本作は製作発表の段階からそのキャスティングに文句を付ける人が多かった。
それによれば、 「(美人の)環奈が平凡な一般人役とはミスキャスト」 「(スターに恋する設定は)片寄と立場が逆だ」 といったもの。
結論から言うとミスキャストではなかった。 日奈々になりきっている。
そして、「華がある」とか「嫌味のない清純派」といったありがちな理由以外でリアル人気者・環奈を起用した製作側の確信犯的な意図を確信した。
楓に投影されるリアル環奈
綾瀬楓(片寄涼太)は俳優に転身した今どきのダンス・ボーカルグループ元メンバー。「スーパースター」という扱いで世間から憧れられる存在。女性を常にキャーキャー言わせる人気者。
だが、昔で言うところの「スーパースター」と違う。
整った顔ではないし、ほのかに色気漂うちょっと遊び人風な今どき兄ちゃん。ハニカミ笑顔が「かわいい」母性本能くすぐるタイプ。世間から大いに注目されている人物というより、「好きな人は好き」といった感じがしっくりくる。
あの3文字ヒップホップグループとか著名YouTuberとかそれこそ片寄くんの母体グループは人気だけど街中がキャーキャーいうことはないでしょ。そこが昔の「スター」とはふた味も違うわけでその齟齬はどうしても気になった。
超人気者楓のポジションは、むしろ現実の日本でいうと環奈のほうがより近い。端正な顔立ちであちこちの広告に出ている圧倒的存在感。
つまり「スターは普通に手つなぎデートなんてできない」という本作のテーマの一つは、リアル環奈の問題だったりするから、確かに一見して無理っぽい。
だが、リアルスターに一般人役をやらせることに製作側は確信犯的だ。環奈が見た目も境遇も凡人ではないことなんぞ百も承知に決まっている。
環奈を「スター」の相手役として出すことによって環奈のリアルが鏡面のように投影されるのだ。
「こんな高級タワマンに一人で住んでいて驚くわ」
「人気者は案外孤独なのかも」
…楓に対する日奈々の視点《観客が日奈々に乗り移ってスターに抱く感想》はそっくりそのまま環奈にも向けることができるわけで、さりげなくもフィクションの描写を通してリアルスターの境遇に共感させる演出がなかなか“にくい”。
日奈々のセリフ「ずんぐりむっくりのまつぼっくり体型」なんて演じている環奈の自虐そのものであり、脚本も確信犯的であることを自ら白状してしまっている。
環奈と真逆だからこそ追求できる
そんな環奈が普通の女子高生を演じるということ。
誰だったか松嶋菜々子を評して、
「理想像はあるけどなれていない自分を自覚しているからこそ理想を追求するようにその役になれる」
みたいなことを言っていた人がいた。いわば“変身願望”が原動力だと。まさにそんな感じなのかもしれない。「理想」ではないけど「経験できない世界」。
私たちが芸能人に憧れるように著名芸能人も百回に一回くらい一般人的な自由さに憧れる時があるのではないか。
王子様楓が唐突に教室やゲーセン、庶民の家など“一般人世界に降臨”してくる描写なんて環奈が一般大衆に紛れて映画観たとか特段変装もせずテーマパークをハシゴしたなどの「大胆行動」エピソードにそっくり。
有名と引き換えに自由さを失って窮屈な状況を感じているからこそ原動力がうまれる。
作り手も環奈のそうしたところを見抜いてうまく引っ張り出しているわけよ。
環奈は真面目で律儀だけど古いロマンス映画が大好きな“むっつり”少女・日奈々になりきっている。会う約束の前にいきなり下着選びして真剣な表情で悩んでしまうシーンなんて滅多にない経験に戸惑って焦りまくる乙女な態度がおかしくて微笑ましい。いい味出している。
コミカル演技もぶっ飛びすぎず、加減を間違えればたちまち“学芸会”に陥るおそれのあるかえって難しい役どころをバランス良くこなしている。
全体を通しての描き方に統一感があることもあって空回りせずキャラがしっくり来ている。「経験できない世界」を追求しているのだ。恥ずかしい場面で「キャーッ!」なんてリアル環奈なら絶対言わないだろう(笑)。
「ミスキャスト下馬評」が頭に残っていたから良い意味で驚かされた。環奈はもう贔屓目じゃなくてワールドワイドなラブコメ映画の主役と遜色ない。
キスシーンではあどけない雰囲気が隠せず、そこから透けて見える普通に手をつないで街を歩けない立場故の恋愛的な未熟さ。リアル境遇を物語っているようであり、日奈々の初々しさの表現として生きている。
おしゃれすぎ? 作品カラーの範囲でしょ
日奈々のウエーブがかった髪型とかいちいちおしゃれな装いは違和感ないといえば嘘になるけど、日奈々に自分を重ねる夢見る乙女の自己肯定感(もとい過大評価)に貢献しているから良いわけで 「作品カラー」の一言で片付けられるレベルじゃないかな。みんなが騒ぐほどの問題点とは思えなかった。
斬新さや驚きを得るのではなく、定番ミュージカルや名作映画かはたまた古典落語か。ある種のお約束を演者の魅力とともに楽しむ安心感。
うら若き乙女が胸キュンできるかは正直言ってわかんないけど、演出・ストーリー・演技ともに安定・調和していてきれいにまとまっている。
あまり肩肘はらずに楽しめるタイプの作品。
【3.5】
作品データ・視聴情報
午前0時、キスしに来てよ | |
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種別 | 映画 |
製作国・公開年 | 日本 2019年 |
年齢制限(日本) | G(なし) |
出演 | 片寄涼太(GENERATIONS from EXILE TRIBE)、橋本環奈、眞栄田郷敦、八木アリサ、岡崎紗絵、鈴木勝大 |
監督 | 新城毅彦 |
現在観る方法 | 配信、DVD等 |