かんな座

“俳優橋本環奈”と映画・ドラマの味わい方

戦争童画集 - 橋本環奈、社会派初主演 大物すぎる共演者

花火
花火
橋本環奈、ついに社会派ドラマに登場。長澤まさみや大物・加藤健一の“一人芝居”の凄さに圧倒される。1945年広島に投下された原子爆弾被害や沖縄地上戦の過酷さなど「日本の先の戦争」を新しい表現形式(?)で観やすく伝える本格的な教養オムニバスドラマが普通にすごい。

加藤健一、長澤まさみの迫真の演技に圧倒される

恐れ多い。東京の小劇場演劇の大物にして一人芝居の第一人者・加藤健一の演技評を書くなんて高尚な批評メディアじゃないからとてもできない。でもそれじゃ伝わらないから僭越ながら感想を。

やはり、当然というべきかほぼ俳優の演技だけで魅せる舞台形式ドラマの迫真の演技に圧倒される。

山田洋次脚本・演出『こんばんは』では、加藤健一演じる「おじいさん」が広島原爆で全身が火傷した孫を看病していた体験を語る。

格が違う。おじいさんがそのまま出てきたような枯れた風貌、孫のために奔走するおじいさんの気持ち、助けてやれなかった悔しさの涙など迫真の演技。憑依というよりも憑依された上で拡張、声なき声まで描き出すような感情表現に観る者は引き込まれ、魂を揺さぶられる。すごいとしか言いようがない。

長澤まさみ主演のパート。『あの日』。まさに圧巻。広島原爆投下後、市街の自宅へ家族を探しに入った人の手記を基にした物語をほぼ一人で表現する芝居。一人何役も。死体が転がり、廃墟となった町。筆舌に尽くしがたい凄惨な状況下をあえて豊富な語彙で切々と語りながら、極限下の人々を声を再現。実に強烈で嫌でも引き込まれる。前から長澤まさみの“本物感”には驚かされていたが、さすがというほかない。(この二人、奇しくも同じ磐田市出身。)

ほぼ役者一人だけ 舞台形式は新しいドラマ表現?

この番組は被爆者の手記や聞き書きを基にした放送時間45分のオムニバスドラマ。日本の先の戦争を語り継ぐ活動もしている吉永小百合の進行で現代のドラマを軸に戦争当時の再現劇が3本挟まる形でその内2本が先に紹介したほぼ役者一人だけの舞台形式だ。

COVID-19(新型コロナウイルス感染症)がはびこる今、大掛かりなセットを用いて大勢の出演者・スタッフで撮ることが難しいかもしれない中、舞台形式で密にならずに(ノー密?)ドラマを見せる試みは、COVID-19時代における新しいテレビドラマ表現の形を示しているようで大変興味深い。

舞台形式は映像表現できないから役者の演技が全て。演技だけで状況を再現し、物語に引き込む実力を持った役者でないと成立しない。

あの体験を最小限の装置で最大限伝える

ところで日本では1990年代前半くらいまでは毎年8月15日の終戦記念日前後にはNHKに限らずテレビ各局で「太平洋戦争」を振り返る特別番組が放送されていた。戦争といっても旧日本軍がどうしたという話よりも民間人の悲惨な戦災体験をドキュメンタリーないしドラマ形式で伝えるものが多く、それらの番組には共通して「戦争とは悲惨なものだから絶対に繰り返してはならない」という教訓が込められていた。

この番組もそれと同じ路線であり、1970年代生まれ日本育ちの筆者としては何度もテレビで観てきた“戦後◯年もの”だからテーマに意外性は全くないのだけれど、わずかな道具しかない舞台で照明と音響、語りと演技だけで状況を再現して伝えていく舞台形式のドラマは当事者の悲痛な思いや過酷な状況が伝わってきて事実を知っていても胸に迫るものがあった。演劇調の演技は普通のドラマでやればオーバーで浮いてしまうが、舞台形式だと合っているだけでなく、これでないと伝わらない何かがあるように思った。

あの体験を短時間で伝える

沖縄地上戦、ひめゆり学徒隊の話『よっちゃん』(黒島結菜主演)はほぼ防空壕のみのワンシチュエーションだがロケで撮られた一応ドラマ形式になっていて、負傷兵の肢体を麻酔なしで切断するシーンなんて『風と共に去りぬ』みたいにいかに壮絶かを一言で物語るシーンになっている。

そう、短時間で悲惨さを伝える。この番組を作る上で一つの課題だったようだ。戦後75年も経つと体験者も少なくなり、若い世代ほどリアリティを持って知ることが難しくなる。長々とやっても観られないだろうし、観た者を1分で物語世界に引き込む一流の役者と制作陣が必要だった。

そして、COVID-19で大変な時だからこそ75年前の悲惨な状況にも関心を持ってもらいたいとリンクさせるところからも「戦争を語り継ぐ」こと自体の苦労がうかがえるのだ。

橋本環奈、重い現実に向き合う作品に主役で呼ばれた

環奈は若い世代に観てもらうためのアイコンになった。いや、その面はゼロではないが、「未曾有の感染症と悲惨な戦災」―二つの重い現実に向き合う作品に役者として呼ばれた。それは着実に俳優として成長し、一定の評価がなされた証だから、とても喜ばしく思っている。

2020年現在の広島、ある花火師の家庭を描くドラマパートに環奈は主役で出演している。やめようと思ったけど東京から帰省してきた娘・森はづき役。感染症で息苦しい世の中だと現実をそっくりそのまま描いたようなフィクションだ。

感情を激しく伝える舞台形式パートと違って静と動でいえば静の演技とロケでリアルに魅せる。

「コロナの広島」から「75年前の広島」、中止された花火が上がるはずだったこの街の空からは、かつて爆弾が降ってきて街を地獄に変えた。ソフトな中にもさり気なく過去をつなぐ要素が散りばめられており、視聴者が共有している「今」を描きつつ過去への扉を開かせるような橋渡し的パートとなっていて、先ほど紹介した再現劇につなげる。オムニバスドラマならではの好対照と見せかけて、原爆被害という重いテーマに入りやすくするための大事なパートだ。

適度に“美少女感が薄く”なっている

最近の環奈っていい意味で少し渋くなっている。その顔貌は変わらずとも世間の持つ印象と違って華やかさが抑えられてきてなんか落ち着きがある(ように見える)時がある。21歳でよ。

本作も毎度おなじみ妙なハイウエストはあるけど派手さはなく、一般人を普通に演じているだけ適度に“美少女感が薄く”なっていて、そのやや地味な雰囲気が重いテーマにしっくり来てるから、安心して観ていられる。NHKのキャスティングは俗評に囚われずちゃんと見ているよなあと感心する。

長澤まさみ加藤健一の一人芝居に圧倒される本作だが、環奈も時代を背景とした陰鬱さを表現できていてきちんと役をこなしているから、世の環奈好きにも本気で観てほしい作品。まだ評価を得られずくすぶっている自分の仕事と希望の見えない時代を重ね合わせて不安を口にするシーンなんて一瞬だけど負の感情表現に重みが増してきていると感じたぞ。

番組の最後で清涼感たっぷりな環奈のドアップとともに「制作・著作 NHK」の表記を見るとなんだか朝ドラに出る日は近いのかもと予感させられる。朝ドラに出ないと本物でないみたいな風潮には乗っかりたくないけど。

【4.5】

作品データ・視聴情報

戦争童画集 -75年目のショートストーリー-
種別 テレビドラマ(NHK G)※オムニバス
製作国・公開年 日本 2020年 (2020年8月24日22時-22時45分)
出演 橋本環奈、長澤まさみ加藤健一、蒼井優黒島結菜
監督 山田洋次(他)
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※完全版も別日に放送されました