こどもたちの日常の一場面を切り取ったようなリアルさに驚かされるまさに奇跡の作品。巧みなストーリーとか華やかな演出とか壮大なスケールは一切ないけど、こどもの悩みや冒険心をごく自然に描き出した超ドキュメンタリーな人間ドラマ。本作で映画デビューとなった12歳当時の橋本環奈は、後の『セーラー服と機関銃 -卒業-』よりも自然な演技で逆に不思議。
こどもの心模様を自然に見せる超ドキュメンタリー
これはストーリーを楽しむ作品というより10-12歳の“こどもそのもの”をリアルに描ききった超ドキュメンタリーだ。家族がバラバラになった兄弟が抱える悩みや葛藤といった心理を映し出し、ちょっと無謀な“冒険”を追いかける記録。
無謀な計画を立てるシーンとかこども同士のやりとりにはこどもたちの日常の一場面を切り取ったようなリアルさがあり、将来の希望〈起きてほしい奇跡〉を語るシーンなんて演じている役者の本音を言わせているんじゃないかと思えるくらいはにかんで語っていてこっちが照れるくらいの生々しさで印象に残る。
兄・大迫航一(前田航基)、弟・木南龍之介(前田旺志郎)を始めとするこどもたちの仕草、表情、セリフどれをとっても自然体で違和感なく、役でない実際の人物を見ているかのような現実感があった。兄弟の友人たちも実に自然体だ。
不自然なセリフと型にはまった演技をする子役を嫌というほど観てきたからこれには驚くほかない。
なんとか家族を元の形に戻したいと思っている航一は晴れない心が顔によく現れている。反対に龍之介は天真爛漫で屈託のない笑顔がいい対比で現状をなんとか楽しくしようとする健気さが伝わってくる。
航一の陰鬱さはだいたいいつも桜島の火山灰が降ってくる面倒くさい鹿児島の町に投影される。
彼らの無謀な計画=「九州新幹線一番列車同士がすれ違う時、流れ星みたいに願いが叶う」といった願掛けはいわば“サンタクロースにお願い”みたいなおとぎ話だからどうでもよくて、彼らの行動や心理描写こそが見どころだ。
列車のクロスシートで丸まって寝るなどは本当にこどもたちが内緒で抜け出して長旅するとこうなるんじゃないかといえるような描写だし、咲く花に魅せられて民家跡地に勝手に入るとか道なき道に身軽に飛び込むなど観る者のこども時代を思い出させるような無邪気な行動を臨場感たっぷりに映す。
果たして計画は実行できるのか。西駅もとい中央駅に駆け込み、列車で鹿児島を抜け出そうとするシーンなんてこどもに戻って彼らと一緒に走り出したくなるような気分にさせてくれる。
ほとんど誰も語らない橋本環奈の映画デビュー作
橋本環奈は龍之介の同級生にして良き理解者的友人・早見かんな役。無邪気だけど周りにやさしい博多弁の女の子。ちょっと美形という以外普通の小学生が実に自然体。意外とうまいというよりなりきっていて驚いた。これデビュー作だぜ。
『セーラー服と機関銃 -卒業-』(2016年)では一芸光るけど普通の高校生的やり取りは一段下がるから、逆に驚いたよ。
教室で俳優の卵・有吉恵美(内田伽羅)を気遣うシーンなんてセリフの間がいいなあ。こんな子が同級生にいたら嬉しいなといった雰囲気がよく出ている。
一方で航一の態度に悪い印象を持った際のちょっと棘のあるセリフとやや小悪魔で大人びた表情だけはこの先の躍進の兆しがちょこっと見られるからなんだかすごい気がする一瞬だ。
初めてなのにそこそこ重要なポジションを獲得するのがすごいし、役をこなしているのもすごいよな。
“人間”へのやさしい眼差しと映像的リアリティ
航一らが計画の旅費をつくるため自動販売機の下から小銭を探す。厳密には問題行動だけどもしこういう些細な「犯罪」を杓子定規に取り締まる社会だとしたらとても息苦しいよね。
「盗んだバイクで走り出す」は比喩だけど、純粋な思いが試行錯誤を生むわけであってこどもの何かを成し遂げようとするエネルギーと創意工夫に社会は寛容であるべきとするような隠れたメッセージには是枝監督の深い愛を感じるのね。
それからこどもは大人のせいで理不尽な思いをすることもあるけど、大人もまた完璧な存在じゃない。そこをきっちり描いているのが秀逸だと思う。
オダギリジョー演じる父・木南健次なんて未だミュージシャンの夢を捨てきれずバイト暮らしでボロ家住まい。そういうところが人間くさくてさ。当サイトとダブって見えちゃって他人事じゃない気がして。
やたら広くてきれいなリビングみたいな“ドラマ的きれいさ”やよそ者が考えがちな「田舎の美しさ」「洗練された都会」は一切出てこない。奇跡を求めて長旅した先も普通のありふれた農村ゆえにリアルなんだよね。また、鉄道会社がらみの作品ならではの駅ホームや列車の中までカメラで追いかけた貴重な作品でもある。
活火山の前にある都市、鹿児島のリアルを描く
「なんでみんな平気なん?噴火してんのに」
「なんでこんな火山の近くに住むんやろ?」
この鹿児島という都市を端的に評価したような航一のセリフは「人の住むところではないかもしれない」と言った筆者の母の話に似ている。筆者の母は出身ではないが住んだことがあってよく鹿児島の話をしてくれた。
鹿児島市街界隈にはだいたいいつも噴煙上げている桜島の火山灰が降る。洗濯物は汚れるし、灰の掃除もしなければならない変な都市。それを思い出すととってもリアルなのだ。
航一の祖父・大迫周吉(橋爪功)によるかるかんの製造シーン。本物の機器を使って山芋ベースの真っ白い半固体を流し込む様子には久しぶりにかるかん食べたくなるようなリアルさがある。※個人の感想です。
調査と観察がすごい是枝監督
ほんと鹿児島やこどもをよくわかっている監督だなあと脱帽。ドキュメンタリー出身だけあって調査と観察力がものすごいんだろう。
大塚寧々ってこんな感じだったっけと本気で思った別れた子を思う母の気持ちの演技もすばらしいし、鹿児島中央駅や博多駅のシーンで流れてくるくるりの楽曲もテーマと画にマッチしている(幼い彼らにとっては本当に「最終列車」なんだよね)。
ポスターのデザインだけ見ると「嘘くさい筋書きの家族愛ドラマ」のように勘違いしちゃうけど、いやぜんぜん違うシンプルイズベストな良作だった。
【4.5】
作品データ・視聴情報
奇跡 | |
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種別 | 映画 |
製作国・公開年 | 日本 2011年 |
年齢制限(日本) | G(なし) |
出演 | 前田航基、前田旺志郎、林凌雅、永吉星之介、内田伽羅、橋本環奈 |
監督 | 是枝裕和 |
現在観る方法 | 配信、DVD等 |