かんな座

“俳優橋本環奈”と映画・ドラマの味わい方

千と千尋の神隠し - 橋本環奈を生で観る 納得と見応え両立

舞台 千と千尋の神隠し
舞台 千と千尋の神隠し

橋本環奈の貴重な生演技。千尋と一緒に迷い込む舞台上の異世界はダイナミックで目を見張るものだった。超プラチナチケットと化した「国民的」作品の舞台化。ジブリ嫌いによる大阪公演千秋楽観劇レポート。

空想世界を舞台上に立体再現 飽きさせない演出

物語の中の世界の広がりを感じさせる奥行き感、アニメらしいダイナミックさやスピード感を〈舞台でできることすべて〉を使って再現していて目を見張るものがあった。

それでいて複雑な動きだと感じさせないほどスムーズに噛み合い、芝居が進行していく。

幕が上がって舞台上に現れた「油屋」のセットの大きさに視覚的なファーストインパクトを与えられるのはほんの序の口。

回り舞台などの舞台装置を使って場面ごとにセットチェンジするといった生易しいものではなく、回り舞台の奥も活用して奥行きのある空間を表現している。

例えば、手前中央に千尋=千がいる。その右奥で湯婆婆が椅子に座って何か言っているみたいな後ろの方にある“別の部屋”の様子を同時に表現してしまう。

それどころか手前から「奥」へ走り抜けたり、橋や二階部分といった「上」に駆け上がる動きもふんだんにある。

演劇はとかく「下手か上手か」=左・右だけの平面世界になりがちだが、手前・奥と上・下を加えて立体的な空間を作り出している。

さらに、場面ごとの切れ目なく舞台は回り、橋が登場し、舞台装置以外にもダンサーのように柔軟な黒子を活用して通り過ぎていくドアなどを表現したりする。

それから化け物系キャラの超現実的な描写も黒子を動力にした龍舞やパペットだったり、中にはマジックと大道芸の合せ技みたいな〈この手があったか〉と思わせる手法で見せていく。

だから目を飽きさせることがない。

作品の雰囲気を壊さない演技

そんな舞台で繰り広げられる演技は、千尋に関しては演劇としては比較的自然なセリフ回しなのだ。

それでいて声量も問題ない。“映像系役者”と“舞台系役者”で声量差が気になるようなことはなかった。

脇役キャラは一般的な意味でのアニメ風味のちょうどよい演技。

前述した奥行きなどの表現もただ単にインパクトをもたらすためにやっているのではなく、作品世界の説得力をもたすためのもの〈「油屋」は明示されないが遊郭なので部屋が多くて当然〉。

演劇だからといって普通の女の子である千尋に大げさな演技させたら作品の持つ雰囲気ひいてはテーマ性を損ないかねないから当然の選択だと思う。

ミュージカルにしない理由もきっとそこにある。

一方、化け物系キャラは演劇調というより“化け物”の演技。それはそれでまた当然。朴璐美演じる湯婆婆の迫力たるや最大級の雷が落ちたような強烈なインパクトで圧倒された。

橋本環奈の千尋に違和感なく 気づいたら3時間

主役・千尋を演じる橋本環奈。小学生役ということで高めの声に調整していていい意味で声優できるんじゃないかと思うくらい声に無邪気感があって、なおかつ演劇としては比較的自然なセリフ回し。それでいて声量もある。

その上、立体的なセットがあることもあって存分に動きが引き出されていた。

膝を抱えてうずくまるとか、湯船に滑り落ちるとか、はしごを登るなどの動作が子どもそのもので環奈の千尋に違和感なくそのまま3時間が経っていた。

寝転がったりひっくり返ったりするシーンも多くてしかも短パンで生足(ちょっと光沢が感じられるからパンストかもだけど)だから一時エロい想像してしまったのは筆者の心がすこぶる汚いからだと思う。すまん。

唐突感ない見せ場に演出家のセンスが見える

環奈の千尋=千に違和感なくかつ演出に無理がなく調和しているわかりやすい例として、面倒なオクサレ様を対処し終わったの喜びの集団ダンスが挙げられる。

それは第一幕終盤のショー的見せ場になっているのだが、ありがちな唐突で派手すぎるダンスではなく、確かにこの状況では小躍りしそうだよねといった感じを無理のない範囲で膨らませているのだ。

笑顔でキレキレダンスをする環奈ちゃんではなくて、千の役柄や状況から逸脱せず大変な仕事をようやくやり遂げた安堵というかやれやれ感を雰囲気や表情に出しながら踊っている。

それでいてダンスとして成立しているのだ。

物語全体の雰囲気から逸脱せずに舞台という〈観客の目の前で繰り広げられるショー〉としての華やかな見せ場をうまいこと組み込む。役者も場面に応じた違和感のない表情を見せる。

納得と見応えを両立させる演出と演技のバランス感覚が絶妙だ。

オペラグラスのピントが合ってくれてこの瞬間を遠近両方で見逃さなかったのは運がよかった。驚きとともに心の中で「ナイス!」ボタンを押したのはいうまでもない。

客席からは拍手の嵐が沸き起こった。

ここまで書くと「巨匠の演出が優れているのは当然だろう?」という声が聞こえてきそうだが、良いものは良いのだから正直に書かせてもらう。

※ストーリー展開における集団ダンスの解釈を誤っているかもしれませんが、劇場初見の感想をそのまま記載しています。(2023年5月追記)

今一つ物足りないストーリーは原作のせい

出来の良い演劇としかいいようがないのだが、残念ながらストーリーと設定だけには文句を付けたい。脚色はほぼしていないと思うので原作の問題。

それは主人公・千尋が成長しないこと。ただ、健気にがんばっているだけなのだ。

〈ふてくされ気味で挨拶もできなかった子が最後には相手を思いやる気持ちや行動ができるようになるといったことはそれは人として当たり前の成長だからここに含めない。〉

例えば、葛藤を乗り越えて何かを掴み取るとか、自分の中の悪の心に振り回されつつもなんとか打ち勝つといったようなことがない。

究極の選択を迫られれば緊迫感が生まれるし、引き込まれるし、何かをなくなく手放さなければならないなら多分涙も出る。

千尋は一途な想いから様々な冒険を乗り越えて結末を迎えるが、結局のところ周りが優しすぎるし、主人公に危機が迫ることはなく、まるで“絵本”のような安全なストーリー展開には心を掴まれない。

ただ、『千と千尋』が一般大衆(特に女性)に受けるのは本舞台を観てなんとなくわかった気がした。

千尋の寂しい気持ちや純粋な思い、憧れのような淡い愛情は少女の心を思い出させてくれてやさしい気持ちにさせるのだろうし、切ない情景もまた胸に響くのだろう。

 

 

まとめ

環奈評をあまり見かけない理由は?

環奈の演技に関する具体的な感想やレビューをあまり見かけないないのは、違和感がないからに他ならない。

見た目も似合いすぎていた。観客も違和感がないから何がいいのか具体的には言葉にしづらいし、観劇初心者ならなおさらだ。

橋本環奈という役者は、思うに決してものすごく器用ではないかもしれないけど物語の世界にハマると役にしっかりハマる。本舞台作品は、まさにそれだった。

小柄な体格、清純な雰囲気、キャリアや演技力…すべての歯車が噛み合ったこの役の巡り合わせはこの上ない幸運だったと思う。

舞台映えするのか?
大人が小学生やるのは大丈夫か?

これらの心配は完全に杞憂に終わった。

巧みな演出と演技で見事に完成された視覚芸術

作品の空想的な世界観を見事に舞台上に表現した良作。演出、演技に無理がなくすべてが調和していて、かつ視覚的に飽きさせない。

3階席後列からでもしっかりと作品世界に入り込めるし、満足感もある。

コンビニスイーツような“わかりやすい味”ではなくて、本当に美味しい料理を食べたときような気分になる。

千と千尋』の世界観が好きな人は迷わず観てほしい。

嫌いな人でもあの宮崎アニメ絵は出てこないから、ぜひ見てもらいたいと思う。

今後、福岡、札幌、名古屋と公演が続く。当日券が出たとしてもかなりの狭き門だが、できる限り生鑑賞をおすすめしたい。

生配信は必聴。

4.0】(内訳:演出 5.0、演技 4.5、脚本 3.5)

観終わったあとの食事はきっとうまいぞ

作品データ

[舞台]千と千尋の神隠し
種別 演劇
製作国・上演年 日本 2022年
出演 4月24日昼:[千尋]橋本環奈/[ハク]醍醐虎汰朗/[カオナシ]辻本知彦/[リン/千尋の母]咲妃みゆ/[釜爺]橋本さとし/[湯婆婆/銭婆]朴璐美
演出 ジョン・ケアード

※2022年4月24日昼公演(12時開演)を観劇(大阪・梅田芸術劇場メインホール)

※メイン出演者は回によって出演者が異なる(ダブルキャスト